彫り師は私と話しながらも、手は休めず、「ザッザッザッザッ……」と針束を走らせて行きます。背中の牡丹に、赤が入りました。
彫り師はそこにラップをあて、テープでとめました。針を入れた直後は腫れるそうです。ラップで外気を遮断するのが、いちばん回復が早いそうです。
墨入れは、途中2回ほど休憩して、背中だけではなく、腰の部分にも入れ、約3時間で終わりました。
A子の額にうっすらと汗が滲み、顔が上気していました。
帰りも彫り師の車で大宮駅へ。ていねいに礼をいって別れました。
「どうする。お茶でも飲む?」
A子とふたりになり、なんとなく別れ難かったので駅前の喫茶店に入りました。
彼女に関しては、千葉での取材で大体のことは聞いていました。
それでも聞きたいことは山ほどあります。
まず刺青を入れようとした動機。
10代の後半、勤めていたクラブで知り合った男がヤクザだった。いい男だったといいます。彼女のほうから惚れて、愛人に。
しかし彼は手下の不始末(覚せい剤?)で投獄されました。
寂しさのあまり、その手下とできてしまったのですが、これがとんだDV男。
面会のときそのことをいうと、「あいつとは別れろ。しかしオレは組から離れるわけにはいかん。オレとも別れてくれ」
別れたくないといったのですが、「別れてくれ」の一点張り。
泣く泣く別れることにしましたが、彼のことを一生忘れないために、彼が背中に彫っていたものを自分にも入れよう、と決めました。
「彼が知ったら、やめろっていったと思うわ」そういって笑いました。
刺青を入れることには、なんの躊躇もなかったといいます。
金がかかります。1回につき、4~5万(当時)。完成するのに10回以上かかります。捻出するために、ソープ嬢になりました。
針を入れられるときは痛い。しかし彼が近くにいると思うと、むしろうれしい。
どうせまともな恋愛はできない。家庭に入るなんて私には無理。彼の魂を背中に背負って生きていこうと決心しました。
それでも、寂しさのあまり、数多くの男とつき合いました。
しかし、いずれもヒモ体質やオレ様系、DV男と、ろくな男ではありません。
「やっぱり、私にはあの彼しかいないんだなあ」と思います。
余談ですが、墨を入れた後というのは性欲が高ぶるそうです。
どうするの? と聞いたら「セフレを呼ぶの」
なるほど、セフレはいるのか。
そのことを同業のライターにいうと、「お前、バカだな。そのまま帰ったのか」
そのまま帰ったことに、少しも後悔しておりません。
A子が私の取材を受けるようになった理由もわかりました。
彫り師の事務所に「花〇衣」や「ルーシー〇〇」(いずれも刺青ストリッパー)の写真集(私もよく知っている写真家S君の)がありました。
私の取材を足がかりに、自分もそのような存在になりたかったようです。
しかし、花やルーシーは美形の女。
A子ははるかに見劣りがする。身体も貧弱で、胸もないし。
写真集は無理だろう。
私が取材した記事と写真は、グラビヤ(モノクロ)の半ページの扱いでした。刺青の写真は大きく、彼女の顔は小さくレイアウトされていました。
これが美形の女ならカラーで、数ページ割かれていただろうに。むろん写真集の話など、どこからもありません。
でも彫り師の屋号と連絡先は入っているので、私の顔は立ちました。
その後、A子とは連絡が途絶えました。
幸せに暮らしていればいいのですが。
「では、そろそろ始めるか」ということになり、A子(当時27)はパラリと衣服を脱ぎ、敷物の上にうつ伏せになりました。
「じゃあ、行くよ」と彫り師が彼女の背中に針束を入れました。といっても針束を入れてはすぐ抜いて、どんどん移動していきます。
こちらは邪魔にならないようにカメラでカシャカシャ。
ところどころ血が滲んでいるところを、彫り師は湿らせたタオルで素早く拭き取り、針を走らせます。
肌に針束を入れられるのは、かなり痛いそうです。A子はヤセ型で、ほとんど肉のない身体。こういうタイプはいっそう痛いはず。
私は、ひょっとしたらヒィヒィ泣きわめくのではないか、あるいは苦痛に顔を歪めるのではないか、という不謹慎な期待を抱きました。
もっというなら、苦痛の果ての快楽で、恍惚とした表情になるのでは……(SM小説の読みすぎ?)ということまで期待しました。(スミマセン)
その表情を撮りたいという取材者の野心ですが、男としてのスケベ心もあります。
ところがA子はそれほど表情を変えることなく、彫り師とTVドラマの話なんかしています。なんじゃらほい。
「痛くないの?」と聞いてみると、
「最初は痛いけど、慣れるとそうでもない。でも部分的に痛いときもある」
とのこと。
彫り師にいわせると、頭など、皮下脂肪のないところは激痛だそうです。
絶えず、ザッザッザッザッ……とリズミカルな音が聞こえます。
最初、なんの音だろうと思ったのですが、注意して見ると、針が皮膚から離れるときの音。1本だとそんな音はしないのですが、100本以上の束だと集合音になるのです。これが不気味でした。
彼らの会話にこちらも加わり、彫り師に対して取材モードに入ってました。
彼はこちらの聞くことに気さくに答えてくれました。
年は39。以前は同じ大宮にある「〇〇流宗匠」(大先生)のもとで修行し、ようやく4年前独立したとのこと。
客は圧倒的にそのスジの若い衆。
腕がいい(作品の?)と認められると、弟分を連れてくることもあるそうです。
他には、ヤクザに憧れる街のチンピラもきますが、なかには痛さに音を上げる男もいます。
「その点、親分格ともなると、度胸が据わっている」そうです。
組の関係者がくるのはいいのですが、ときに抗争している組同士がハチ合わせすることもあります。そんな場合「ここでのケンカはやめてほしい」というと、一時停戦になるといいます。
「最近は男性の素人さんも増えました。営業マンもいましたよ。強い意志を注入するんだって」
女性客もいます。最近増えました。圧倒的に風俗の女性。
なかには「えッ、こんな人が……」と思うようなOLもいるそうです。
今から20数年前、千葉栄町のソープランドの取材で、A子(当時27)という女性に出会いました。
背中から肩、そして胸、さらに腕、太腿の一部に倶梨伽羅紋紋。そのスジの男が入れる彫り物です。しかし背中の牡丹の花はまだ筋彫り(輪郭)のみ。
「ここはまだ色がついてないよね」というと、
「そうなのよ。でも今度、先生のところへ行って彫ってもらうの」
「その現場、取材できないかい? 媒体は週刊〇〇。彫り師の先生の屋号と問い合わせ先は入れるから」
週刊〇〇はそのスジの記事が多い。関係者も読んでいる。
彫り師にとってもメリットはあるはず、と咄嗟に考えました。
「私はいいけど、先生がなんというか。でも聞いてみるわ」
ということで、互いの連絡先を教え合いました。
このようなことは、店からはいやがられますが、仕方ありません。
私は私で、この経緯を編集部に電話。すると「ぜひ進めてくれ」
2日後、A子からの電話で「先生のほうもOKよ。むしろよろこんでた」
彼女が非番の日、大宮駅東口で待ち合わせ、そこから電話すると、「先生」が車で迎えにきてくれました。
彫り師の先生は、私より3~4歳年下で、意外に若い男でした。
短髪で、小太りの体型。ダボシャツからはみ出た腕一面に、紋紋が彫られています。
若いときから自分の身体を練習台にしてきたため、空きスペースはほとんどなし。背中や肩は仲間の練習台に使われました。
そのため「彫り師自身の彫り物は駄作ばかりだよ」とのこと。
仕事場はマンションの一室。おどろいたのは、美術書が多いこと。ドガやルノワールなどの画集や、インドや中国の美術書もあります。
壁にはそのスジの親分の刺青のパネル写真も飾られています。
またデッサンのための彫像も置かれ、自らのデッサンで描きつぶしたスケッチブックが積み重なっていました。
当たり前のことですが、「彫り師は画家である」と再認識しました。
肌に墨を入れる原理は、針で皮膚に穴をあけ、そこに墨を流し込むというものです。このやり方は北方謙三「抱影」に出てきますが、これでははかどりません。
そこで針を束ねたものを用います。
その針とは、裁縫で使う長さ5cmほどの木綿針(号数は企業秘密とのこと)。
基本はこれを正方形に束ね、木綿糸で括ります。例えば10本×10列というように。
この針束の先を墨に浸けると、浸透圧で針の隙間に墨が吸い込まれます。
それを皮膚に突き刺すと、皮膚に穴(10×10の場合だと100穴)があき、針が抜かれると、そこに墨が流れ込むという仕組みです。
大阪では職員のタトゥー(刺青)が問題になっています。
「今ではタトゥーはファッション」という考え方もありますが、私は、公職につく者はしてはならない、と考えます。
私は以前風俗の取材をしていましたが、タトゥーを入れている女性の多いことにおどろきました。
最初は「そのスジのこわい女」と思ってビビったのですが、話してみると意外にフツーの女の子。みんな「ファッション感覚よ」と笑いました。
渋谷のデリヘルに、足首にバラの花のタトゥーをした女の子(22)がいました。
「便秘で悩んでいる」というので、
「寝る前は空腹状態にすること。お腹が空いて眠れない、というのは現代人の甘え。昔の人は腹が減ったら寝ていた」といいました。
こちらとしては、うそはいってないものの、二度と会う相手でもないので、少し突き放したいい方でした。聞こうと聞くまいと、どうでもよかったのです。
ところが半年後、渋谷の別の店で、この子と再会しました。
私を見るなりにっこりして、「いわれた通りにしたら、便秘が治りました」
最初のころは、(腹が空いて)なかなか眠れなかったけど、それも1週間ほどで慣れた。朝起きたらお腹が空いているので、食べるとすぐ便意を催してくる、といいます。
えーッ、こいつ、オレのいう通りやったんだ。
「友だちと食事することもあるから、完全には守れないけど」といいながらも、夜のケーキは食べなくなったそうです。
「おかげで、つき合いが悪くなった、といわれるわ」と笑いました。
体調はすごくいいそうです。体重も2kgほど減って、スリムになりました。
足首にタトゥーなんか入れやがって。どうせ世を拗ねた女だろう、と思っていたのですが、意外に素直な女の子でした。
いらい、「タトゥーだけで判断してはいけない」と思うようになりました。
とはいえ、疑問も残ります。
私の見た限りでは、タトゥーを入れている子は男運が悪い。
さらに私は刺青の現場を取材したことがあるからです。
このつつじは、先週の根津神社ではありません。
昨日行ってきた越生「五大尊つつじ公園」のつつじです。
ここは関東でも指折りのつつじの名所だそうです。
なにしろ広い。山まるごとつつじ公園です。ここに樹齢300年を超えるつつじの古木を含めて12種、約1万本のつつじが植えられているとのこと。
つつじの最盛期は4月中ごろから5月初旬とのことで、かなりショボい状態になっていました。
「なんだ、つつじはほとんど終わってるじゃないか」
と駐車場のおじさんに食ってかかる人も。
そう怒るなよ。
先週行った東京の根津神社だって、もう終わりかけてたんだから。
あれから1週間経っているんだもの。こっちだって盛りはすぎてるよ。
でも、ごらん、残された花々を。盛りはすぎても、味わい深さがあるでしょう。今はそれを愛でましょう。(って誰の詩だったっけ?)
とはいえ日曜日なので、訪れる人もたくさんいます。
「今日から入場料取らなくなったんだって」
「じゃあ、昨日までいくら取られてたの?」
「500円だって」
「えッ、500円も」
とは年配のおばさんグループ。
(取られてたのは200円です)
ちなみに駐車料金は、しっかり400円取ってました。
私は電車できているので、取られるものはなにもありませんが、300mほど離れた中央公民館の駐車場ならタダなのに。(内緒のアドバイス)
まあいいですけど。せいぜい越生町に寄進してください。
ところで五大尊とは?
この公園、実は長徳寺というお寺の境内だそうで、それが祀られているのが不動明王、降三世、大威徳、軍茶利・金剛夜叉の五体の明王。
そこから「五大尊」と呼ばれるようになりました。
しかもここは広島県厳島、神奈川県蓑毛とともに、日本の三霊地に数えられているとのこと。
ははーッ、ありがたや。
入場料や駐車料、つつじがショボいなど、小さい小さい……。
